サイドブレーキを引きエンジンを落としたところで、わたしはようやく息を吐いた。シートを倒して背伸びすると体の節々からバキバキと嫌な音がする。暗い車内でぼんやり光るデジタル時計は午前二時を指していて、平日ということもあってか深夜のパーキングエリアには乗用車が二台と夜行バスが一台止まっているだけだった。

「めーいー」

「…んー」

「運転手交代」

「………」

「おい」

助手席で仮眠をとっていた鳴の肩を揺すると、鼻にかかった声とともにアイマスクの下から眠たげに細められた瞳が覗く。が、わたしの言葉を聞くなりふたたび寝る体勢に入ったその頬をぱしぱしと叩いていれば、綺麗に整えられた眉はたちまち不機嫌そうに顰められうざい!という元気な声が車内に響いた。

「俺もう運転したからいいじゃん!」

「最初の一時間だけね…わたしはそれから三時間ぶっ通しだよ」

「だってねみーんだもん!」

「わたしだって眠いわ!」

ねむいねるおやすみ!と早口でまくしたてた鳴はわたしの持ってきたブランケットに包まってそっぽを向いてしまった。完全なる職務放棄だ。寝ぐせのついたクリーム色の頭を見ながらバカメイと呟けば即座にうっさいと低い声が返ってきて、わたしは起きてるじゃんの一言をぐっと飲み込みため息を吐いた。

十一月も終わりそろそろ冬が顔を出すかという頃、温泉行きたい!と唐突に騒ぎ始めたのは鳴の方だった。ちょうどプロ野球もオフシーズンに入り久々のまとまった休暇が取れたというのだ。社会人のわたしはといえば、彼の無言の圧力により貯めていた有休を使って今ここにいる。まあ別に、そこまでは良かった。プロ野球界で絶賛大活躍中な鳴の貴重な休みが嬉しかったのはなにも彼自身だけではない。わたしだって一緒に過ごせる時間が増えるとわくわくしていたのだ。問題は、彼の選んだ場所と移動手段である。

「兵庫?車で?」

「そ!この前ファンの子が有馬温泉すごいって言ってたから」

「鳴が行きたいならいいけどさ…飛行機じゃだめなの?」

「えー、だって、もし見つかって騒がれたらめんどくさいじゃん」

「…うーん」

交代で運転しながら行けば七時間で着くよ、なんてケロリとした顔で鳴が言うものだから、わたしも二人ならまあ大丈夫かと軽い気持ちで頷いてしまった。当の本人が運転を放棄するなど大誤算、こんなところで止まっていては朝の通勤ラッシュに捕まって一時間や二時間の遅れでは済まなくなる。…だがしかし、これまであまり長時間運転したことのなかったわたしの眠気と疲れはピークに達していた。

「鳴」

「………」

「わたしもここで仮眠とるからね」

「………」

「…お昼は雑誌に載ってたお蕎麦食べたかったけど、無理かなぁ」

「………」

「鳴も食べたいって言ってたんだけどなぁ」

「…ホント、名前うっさい」

隣を見ればブランケットからちょんと顔を出した鳴がこちらをジトリと睨んでいて、なんだか仕事帰りによく見かける野良猫を彷彿とさせるその仕草がおかしかった。起きてるじゃんと笑えばふいに彼の右手が伸びてわたしの頬に触れる。すり、と目の下を撫でられて思わずまぶたを閉じると、小さな声でお疲れさまと聞こえた気がした。

「俺が眠くなったらすぐ交代」

「はいはい」

「あっ、缶コーヒー買ってきてくれないと運転しないからね」

「はいはい」

「甘いやつじゃないとダメだかんね!」

「うるさいなーもー!!」



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